私とマルチメディアMPEGラボMXFラボ

TOP

VIDEO-ITを取り巻く市場と技術

2007年10月4日掲載

第11回 コンテンツ制作のこれから - 「TVとIT」

コラム執筆:株式会社イーディーエー 代表取締役 飯田和正
執筆者のプロフィール


私がまだ某プロダクションに勤めていた数年前、ツアー先の地方で有名日本画家の先生や画廊の方達とご飯の席でこんな話をしたことを思い出した。
「もしも現代にピカソが生きていたら、なにをしていると思いますか?」

よく考えると、私もひどい質問をしたものだ。

「ピカソなら表現の場にアートは選ばないと思いますよ。最先端の技術を導入して平面では表現できなかった自分の世界観を自由自在に創り出せる映像作品の監督なんてどうでしょう。」

先生方から予想外にこんな答えが返ってきた。「ピカソが映像ですか?映画ですか?う〜ん、でも見てみたいですね」とその時の私には想像もつかなかった。

だが、よく考えてみるとピカソは「キュビスム」の生みの親であり、ギネスに登録されるほどの膨大な作品群を残した人物だ。現代でいうデジタル領域の事柄をアナログの人間が手作業でやってのけてしまったのには驚嘆する。彼が最高の機材と技術を手足のように使い、思いのままコンテンツを作ったら私達にどんな世界を見せてくれるのだろうか・・・。今思うと、想像しただけでもワクワクしてしまうお話だった。

そんなピカソ的人材がTV・ITともに今、コンテンツ制作現場で求められているのかもしれない。
時代の流れを嗅ぎ分け、モノ作りのできる人材がいつの時代にも必要なのだ。

ITの世界では全ての人にチャンスと可能性が転がっている。個人の才能を表現できる手段、そして受け皿となりうる媒体が出来さえすれば、その可能性は一気に広がる。

そういった意味で、記憶に新しい蛙男商会のFROGMANこと小野亮氏の登場はデジタルコンテンツの未来に新しい感覚をもたらしたといってもいい。脚本・監督・アニメーション・声優など、ほぼ全てを製作者本人である小野亮氏が担当して完成したアニメーションは、1日平均15HITから話題に乗り急成長。一気に一日4万HIT以上に膨れ上がったという恐ろしい経緯がある。スピードとクオリティーが足並みをそろえた個人の力は、本当に強力だ。

大衆を飲み込む影響力を十分兼ね備えている。ネットと現実世界の人々に「コンテンツ」の可能性を示してくれたわかりやすい成功例だった。

また、フジテレビラボ「ワッチミーTV」のように、動画で自分をアピールする場所がTVとITとをリンクして進化して行けば、未来の制作現場と個人との結びつきは切っても切れないものになることは確実だ。

そして、2011年アナログ放送から地上デジタル放送への転換が控えている。私が思うに、これからのTV業界の制作は大変厳しい。制作会社の予算はギリギリまで削られ、自転車操業のような経営状態で回しているとことも少なくない。それほど、現在のTV制作の現場は厳しい状況に追い込まれている。そんな中、予算もほとんどない地方局の制作が断然面白くなるだろうと私は見ている。HTB「水曜どうでしょう」やtvk「sakusaku」が数年前にヒットしたが、その成功にはまだまだ続きがあると思う。

今後、地方局のコンテンツは地方の人のためだけにつくるローカルコンテンツから、地方以外の人がみても楽しめるグローバルコンテンツに制作の向きを変えざるを得ない状況になる。そんな地方局の番組は最高に面白いはずだ。

 

私は日本がまだ「韓流」ブームになる以前、2000年に韓国のコンテンツ制作を韓国の地で体験した。そのとき感じた韓国流の制作とコンテンツ発信の仕方は実に興味深い。視聴率と企業利益だけを最優先する日本の制作現場とは違い、子供たちが見ても大人が見てもストレスを感じない優しい番組作りがそこにはあった。そして韓国文化と共に海外マーケットに打って出た。

発展著しいITを駆使して「韓流」プロモーションを全世界に展開しつつだ。約5,000万人の人口のうち、19歳から男性が兵役に約2年間従事してしまう国家では、日本のように国内向けコンテンツだけを作って需要と供給のバランスが取れるほど容易ではないからそれは必死だったはずだ。

新しければよいわけではない。古びているから悪いわけではない。
自然体のぬくもりが漂う正直なコンテンツが、日本の奥様の心をガッチリと掴んだのだ。

今後、日本の地方局や企業、官公庁が韓国的なコンテンツ発信にチャレンジしたらどんなに素晴らしいだろうか。全世界に日本の文化・名所・特産が響き渡り、そしてなにより「ブランド」が形成される。コンテンツビジネスは日本の向きであり、これからのデジタルニッポンに必要不可欠だ。過去の経験値からみても、ブロードバンドのインフラ環境をみても、日本は世界に先駆けてコンテンツ発信者にならなければならないのである。

ピカソが想像するような世界観をもったクリエーターはなかなか出てこないだろうが、個としての才能の表現場所がTVやITを通じてすぐ目の前にある。海のものとも山のものわからないものが膨大な量で生産される自由な仕組みが日本でできあがればきっとデジタルジャパンのコンテンツは世界で勝負できるだろう。

(コラム記事/イーディーエー 飯田和正)

製品・システム・技術に関するお問い合わせ